クレアチニン クリアランス 計算 式:Cockcroft-Gault式の詳細解説と臨床応用
薬物投与量設定の基準として広く使用されるクレアチニンクリアランス(CCr)の計算式について、Cockcroft-Gault式を中心に詳しく解説します。正しい計算方法、臨床での使い分け、注意点を専門医の視点から実践的に説明します。
クレアチニンクリアランス(CCr)とは
クレアチニンクリアランス(Creatinine Clearance, CCr)は、腎臓がクレアチニンを血液から除去する能力を表す指標です。単位時間あたりに腎臓が処理できる血漿の量として表現され、腎機能の評価において重要な役割を果たします。
CCrの臨床的意義
- 薬物投与量設定:腎排泄型薬剤の投与量調節の基準
- 腎機能評価:糸球体濾過機能の定量的評価
- 病態把握:腎疾患の進行度や治療効果の判定
- 予後予測:腎機能低下の進行速度の評価
CCrの測定方法
CCrの測定には以下の2つの方法があります:
- 実測CCr:24時間蓄尿による正確な測定(ゴールドスタンダード)
- 推算CCr:血清クレアチニン値から計算式で推算(Cockcroft-Gault式など)
臨床現場では、簡便性から推算CCrが広く使用されており、特にCockcroft-Gault式が薬物投与量設定の標準的な方法として採用されています。
Cockcroft-Gault式の詳細
Cockcroft-Gault式は1976年にCockcroftとGaultによって発表された、血清クレアチニン値から腎機能を推算する経験式です。現在でも薬物投与量設定の標準的な方法として世界中で使用されています。
Cockcroft-Gault式
男性:
CCr (mL/min) = [(140 - 年齢) × 体重 (kg)] / [72 × 血清Cr (mg/dL)]
女性:
CCr (mL/min) = [(140 - 年齢) × 体重 (kg)] / [72 × 血清Cr (mg/dL)] × 0.85
式の構成要素と意味
要素 | 単位 | 意味・役割 |
---|---|---|
140 - 年齢 | 年 | 年齢による腎機能低下を反映 |
体重 | kg | 筋肉量(クレアチニン産生量)の指標 |
血清Cr | mg/dL | 腎機能の直接的指標 |
72 | 定数 | 単位換算と経験的補正係数 |
0.85(女性) | 補正係数 | 女性の筋肉量が男性より少ないことの補正 |
重要な注意点
Cockcroft-Gault式は体表面積で標準化されていないため、体格の影響を強く受けます。肥満患者では理想体重の使用を検討し、筋肉量が著しく少ない患者では他の指標との併用が推奨されます。
具体的な計算方法と手順
Cockcroft-Gault式を用いたCCr計算の具体的な手順を、実際の例を用いて説明します。
計算手順
ステップ1:必要な情報の収集
- 年齢(歳)
- 性別
- 体重(kg)
- 血清クレアチニン値(mg/dL)
ステップ2:計算の実行
- (140 - 年齢) を計算
- 上記に体重を乗算
- 72 × 血清Cr で除算
- 女性の場合は0.85を乗算
計算例
例:65歳男性、体重70kg、血清Cr 1.2mg/dL
ステップ1: 140 - 65 = 75
ステップ2: 75 × 70 = 5,250
ステップ3: 72 × 1.2 = 86.4
ステップ4: 5,250 ÷ 86.4 = 60.8
結果: CCr = 60.8 mL/min
理想体重を用いた計算
肥満患者(BMI > 30)では、実体重の代わりに理想体重を使用することが推奨されます。
理想体重の計算式:
男性:理想体重 (kg) = (身長 (cm) - 100) × 0.9
女性:理想体重 (kg) = (身長 (cm) - 100) × 0.85
臨床での使用場面
Cockcroft-Gault式によるCCr計算は、以下の臨床場面で特に重要な役割を果たします。
薬物投与量設定
主な対象薬剤:
- 抗菌薬(バンコマイシン、アミノグリコシド系など)
- 抗ウイルス薬(アシクロビル、ガンシクロビルなど)
- 利尿薬
- ACE阻害薬・ARB
- ジゴキシン
腎機能モニタリング
モニタリング対象:
- 腎毒性薬剤使用中の患者
- 造影剤使用前後
- 手術前後の腎機能評価
- 慢性腎臓病の進行評価
- 急性腎障害の回復過程
CCr値による腎機能分類
CCr値 (mL/min) | 腎機能評価 | 薬物投与への影響 | 臨床的対応 |
---|---|---|---|
≥90 | 正常 | 通常量投与 | 定期的なモニタリング |
60-89 | 軽度低下 | 一部薬剤で減量検討 | 腎機能保護療法開始検討 |
30-59 | 中等度低下 | 多くの薬剤で減量必要 | 専門医紹介検討 |
15-29 | 高度低下 | 大幅な減量・中止検討 | 透析準備・専門医管理 |
<15 | 末期腎不全 | 透析患者として管理 | 腎代替療法必要 |
計算式の限界と注意点
Cockcroft-Gault式は広く使用されていますが、いくつかの限界があります。正確な腎機能評価のためには、これらの制約を理解することが重要です。
主な限界
- 体格の影響:肥満や痩せすぎの患者で誤差が大きい
- 筋肉量の影響:筋肉量が少ない患者で過大評価
- 年齢制限:18歳未満では適用困難
- 急性期の制限:腎機能が不安定な時期では不正確
- 人種差:白人を基準とした式のため、他人種では補正が必要
対処法
- 理想体重の使用:BMI > 30の患者
- シスタチンCの併用:筋肉量が少ない患者
- 複数指標の比較:eGFRとの併用評価
- 経時的評価:単回測定ではなく推移を重視
- 実測CCrの検討:正確性が必要な場合
特に注意が必要な患者群
- 高齢者(特に85歳以上)
- 極度の肥満患者(BMI > 35)
- 筋萎縮性疾患患者
- 長期臥床患者
- 肝硬変患者
- 心不全患者
- 妊婦
- 小児・青年期患者
他の腎機能指標との比較
CCr(Cockcroft-Gault式)と他の腎機能評価指標の特徴を比較し、適切な使い分けを理解しましょう。
指標 | 計算式 | 主な用途 | 利点 | 欠点 |
---|---|---|---|---|
CCr (Cockcroft-Gault) |
年齢・体重・性別・Cr | 薬物投与量設定 | ・薬物動態研究で標準 ・添付文書の基準 |
・体格の影響大 ・筋肉量の影響 |
eGFR (日本人式) |
年齢・性別・Cr | CKD診断・病期分類 | ・体表面積標準化 ・日本人に最適化 |
・薬物動態との乖離 ・体重非考慮 |
eGFRcys (シスタチンC) |
年齢・シスタチンC | 筋肉量影響除外評価 | ・筋肉量非依存 ・高精度 |
・コスト高 ・甲状腺機能影響 |
実測CCr (24時間蓄尿) |
尿中Cr・血清Cr・尿量 | 正確な腎機能測定 | ・最も正確 ・ゴールドスタンダード |
・煩雑 ・蓄尿困難 |
使い分けの指針
薬物投与量設定
第一選択:Cockcroft-Gault式
肥満患者:理想体重使用
筋肉量少:シスタチンC併用
CKD診断・管理
第一選択:eGFR
補助:シスタチンC
経過観察:複数指標併用
特殊患者群
高齢者:シスタチンC優先
肥満:理想体重CCr
正確性重視:実測CCr
実践的な計算例
実際の臨床シナリオを用いて、Cockcroft-Gault式の適用方法を詳しく解説します。
症例1:標準的な成人男性
患者情報:
- 45歳、男性
- 身長:170cm、体重:70kg
- 血清Cr:1.0mg/dL
計算過程:
CCr = [(140 - 45) × 70] / [72 × 1.0]
= [95 × 70] / 72
= 6,650 / 72
= 92.4 mL/min
症例2:高齢女性
患者情報:
- 78歳、女性
- 身長:155cm、体重:50kg
- 血清Cr:1.1mg/dL
計算過程:
CCr = [(140 - 78) × 50] / [72 × 1.1] × 0.85
= [62 × 50] / 79.2 × 0.85
= 3,100 / 79.2 × 0.85
= 39.1 × 0.85
= 33.2 mL/min
症例3:肥満患者(理想体重使用)
患者情報:
- 55歳、男性
- 身長:175cm、実体重:95kg(BMI 31.0)
- 血清Cr:1.3mg/dL
理想体重計算:
理想体重 = (175 - 100) × 0.9 = 67.5kg
CCr計算(理想体重使用):
CCr = [(140 - 55) × 67.5] / [72 × 1.3]
= [85 × 67.5] / 93.6
= 5,737.5 / 93.6
= 61.3 mL/min
症例4:薬物投与量調節例
患者情報:
- CCr = 45 mL/min
- バンコマイシン投与予定
投与量調節:
CCr (mL/min) | 投与量 |
---|---|
>50 | 通常量 |
30-50 | 75%に減量 |
<30 | 50%に減量 |
よくある質問
薬物投与量設定:Cockcroft-Gault式によるCCrを使用します。多くの薬剤添付文書がCCrを基準としているためです。
CKD診断・病期分類:eGFRを使用します。国際的な診断基準に準拠しているためです。
総合的評価:両方を計算し、患者の状態に応じて適切な指標を選択することが重要です。
BMI > 30の患者では理想体重の使用を検討しますが、絶対的なルールではありません。
- 理想体重推奨:BMI > 35、極度の肥満
- 実体重も考慮:筋肉量が多い患者、アスリート
- 調整体重:理想体重 + 0.4 × (実体重 - 理想体重)の使用も選択肢
個々の患者の状態を総合的に判断することが重要です。
高齢者では筋肉量減少により、CCrが実際の腎機能より高く算出される可能性があります。
対処法:
- シスタチンCの併用:筋肉量の影響を受けにくい
- eGFRとの比較:大きな乖離がある場合は注意
- 臨床症状の確認:浮腫、尿量減少などの腎機能低下症状
- 経時的評価:単回測定ではなく推移を重視
特に85歳以上では、より慎重な評価が必要です。
急性腎障害(AKI)の患者では、Cockcroft-Gault式の信頼性は低下します。
理由:
- 血清クレアチニンの変化が腎機能変化に遅れる
- 定常状態を前提とした式のため、急性期には適用困難
- 体液バランスの変化が計算に影響
対応:
- 基礎腎機能の推定:発症前の値を参考
- 頻回な評価:日単位での腎機能モニタリング
- 臨床症状重視:尿量、浮腫、電解質異常
まとめ
クレアチニンクリアランス計算式(Cockcroft-Gault式)は、薬物投与量設定において不可欠なツールです。本記事で解説した要点をまとめます:
重要なポイント:
- 薬物投与量設定の標準的指標
- 体格・年齢・性別を考慮した計算
- 肥満患者では理想体重を使用
- 高齢者では他指標との併用が重要
臨床応用:
- 腎排泄型薬剤の投与量調節
- 腎毒性薬剤のモニタリング
- 経時的な腎機能評価
- 他の腎機能指標との比較検討
専門医からのアドバイス
Cockcroft-Gault式は優れたツールですが、万能ではありません。患者の個別性を考慮し、複数の指標を組み合わせた総合的な腎機能評価を心がけてください。特に特殊な患者群では、シスタチンCや実測CCrの併用も検討しましょう。
参考文献
- 1. Cockcroft DW, Gault MH. Prediction of creatinine clearance from serum creatinine. Nephron. 1976;16(1):31-41.
- 2. 日本腎臓学会編. CKD診療ガイド2024. 東京医学社, 2024.
- 3. Kidney Disease: Improving Global Outcomes (KDIGO). KDIGO 2024 Clinical Practice Guideline for the Evaluation and Management of Chronic Kidney Disease. Kidney Int, 2024.
- 4. 日本腎臓病薬物療法学会. 腎機能低下時に最も注意が必要な薬剤投与量一覧 2024年版. 2024.
- 5. Stevens LA, Coresh J, Greene T, Levey AS. Assessing kidney function--measured and estimated glomerular filtration rate. N Engl J Med. 2006;354(23):2473-83.
- 6. Levey AS, Bosch JP, Lewis JB, et al. A more accurate method to estimate glomerular filtration rate from serum creatinine. Ann Intern Med. 1999;130(6):461-70.
- 7. 厚生労働省. CKD(慢性腎臓病)対策について. 2024.
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