eGFR 計算 式 クレアチニン:日本人のGFR推算式による腎機能評価の完全ガイド
推算糸球体濾過量(eGFR)は慢性腎臓病(CKD)の診断と病期分類において最も重要な指標です。本記事では、日本人のGFR推算式を用いたeGFR計算の詳細、クレアチニンとの関係、年齢・性別による補正方法を専門医が実践的に解説します。
eGFRとは:基本概念と重要性
推算糸球体濾過量(estimated Glomerular Filtration Rate, eGFR)は、血清クレアチニン値から計算により求められる腎機能の指標です。実際の糸球体濾過量(GFR)を推算する方法として、慢性腎臓病(CKD)の診断と病期分類において国際的に標準化されています。
eGFRの臨床的意義
- CKD診断:慢性腎臓病の早期発見と診断
- 病期分類:CKDステージ(G1-G5)の決定
- 進行評価:腎機能低下の進行速度の評価
- 治療方針決定:腎機能に応じた治療戦略の選択
- 予後予測:心血管疾患リスクや生命予後の評価
eGFRの特徴
利点
- 体表面積1.73m²で標準化
- 年齢・性別による補正
- 日本人に最適化された式
- 国際的な診断基準に準拠
- 簡便で再現性が高い
制限事項
- 筋肉量の個人差を反映しにくい
- 急性腎障害では不正確
- 極端な体格では誤差が生じる
- 薬物動態との乖離がある
- 妊娠中は適用困難
日本人のGFR推算式の詳細
日本人のGFR推算式は、2008年に日本腎臓学会によって開発された、日本人のイヌリンクリアランスを基準とした推算式です。従来のMDRD式やCKD-EPI式と比較して、日本人により適した精度の高い推算が可能です。
日本人のGFR推算式(eGFR)
男性:
eGFR (mL/min/1.73m²) = 194 × Cr-1.094 × 年齢-0.287
女性:
eGFR (mL/min/1.73m²) = 194 × Cr-1.094 × 年齢-0.287 × 0.739
式の構成要素の詳細
要素 | 単位 | 指数・係数 | 意味・役割 |
---|---|---|---|
194 | 定数 | - | 日本人データに基づく基準係数 |
Cr | mg/dL | -1.094 | 血清クレアチニン(腎機能の逆指標) |
年齢 | 歳 | -0.287 | 加齢による腎機能低下を反映 |
0.739 | 補正係数 | - | 女性の筋肉量・体格補正 |
式の特徴
この式は体表面積1.73m²で標準化されているため、体格の違いによる影響を最小限に抑えています。また、日本人の腎機能データに基づいているため、欧米の式よりも日本人により適した推算が可能です。
クレアチニンとeGFRの関係
血清クレアチニンは筋肉代謝の最終産物であり、主に腎臓から排泄されます。eGFR計算においてクレアチニンが中心的な役割を果たす理由と、その関係性について詳しく解説します。
クレアチニンの生理学的特性
産生
- 筋肉のクレアチンから生成
- 筋肉量に比例
- 年齢・性別で差がある
- 日内変動は少ない
- 食事の影響は軽微
排泄
- 主に糸球体濾過
- 尿細管分泌も一部関与
- 腎機能低下で蓄積
- GFRと逆相関
- 透析で除去可能
測定
- 酵素法が標準
- 標準化が進んでいる
- 再現性が高い
- コストが低い
- 迅速測定可能
eGFR計算におけるクレアチニンの役割
逆比例関係の理解
eGFR ∝ 1/Cr1.094
解釈:血清クレアチニンが2倍になると、eGFRは約半分になります。 この非線形関係により、軽度の腎機能低下では血清クレアチニンの変化は小さく、 高度な腎機能低下では大きく変化します。
クレアチニン値による腎機能の推定精度
血清Cr (mg/dL) | 推定eGFR範囲 | 腎機能状態 | 推定精度 |
---|---|---|---|
0.6-1.0 | 60-120 | 正常〜軽度低下 | 中等度 |
1.0-2.0 | 30-60 | 中等度低下 | 良好 |
2.0-4.0 | 15-30 | 高度低下 | 良好 |
>4.0 | <15 | 末期腎不全 | 中等度 |
具体的な計算方法と手順
日本人のGFR推算式を用いたeGFR計算の詳細な手順を、実際の例を交えて説明します。
計算に必要な情報
必須項目
- 血清クレアチニン値 (mg/dL)
- 年齢 (歳)
- 性別
注意事項
- 酵素法による測定値を使用
- 18歳以上で適用
- 定常状態での測定値
計算手順の詳細
例:55歳女性、血清Cr 1.1mg/dL
ステップ1: 基本式の確認
eGFR = 194 × Cr-1.094 × 年齢-0.287 × 0.739(女性)
ステップ2: 各要素の計算
Cr-1.094 = 1.1-1.094 = 0.8956
年齢-0.287 = 55-0.287 = 0.4247
ステップ3: 最終計算
eGFR = 194 × 0.8956 × 0.4247 × 0.739
結果: eGFR = 53.2 mL/min/1.73m²
計算ツールの活用
手計算は複雑なため、実際の臨床では電卓やオンライン計算ツールを使用することが推奨されます。当サイトのeGFR計算ツールもご活用ください。
年齢・性別による補正
eGFR計算式では年齢と性別による生理学的な違いを数学的に補正しています。これらの補正の意味と臨床的意義について解説します。
年齢補正(年齢-0.287)
加齢に伴う腎機能の生理学的低下を反映した補正です。一般的に、40歳以降は年間約1mL/min/1.73m²の割合で腎機能が低下するとされています。
年齢による腎機能変化の特徴:
- 糸球体硬化:加齢による糸球体の構造変化
- 腎血流量減少:血管の動脈硬化による影響
- 尿細管機能低下:濃縮能力の減退
- 個人差:健康状態や生活習慣による差
年齢別eGFR目安
20-29歳: 116±20
30-39歳: 107±17
40-49歳: 99±15
50-59歳: 93±17
60-69歳: 85±17
70歳以上: 75±17
性別補正(女性:×0.739)
要因 | 男性 | 女性 | 補正の理由 |
---|---|---|---|
筋肉量 | 多い | 少ない | クレアチニン産生量の差 |
体格 | 大きい | 小さい | 体表面積の違い |
腎サイズ | 大きい | 小さい | 糸球体数の差 |
ホルモン | テストステロン | エストロゲン | 腎機能への影響 |
補正の限界
年齢・性別補正は平均的な集団データに基づいているため、個人の筋肉量や体格が平均から大きく外れる場合は、推算精度が低下する可能性があります。このような場合は、シスタチンCによる評価の併用を検討します。
eGFR基準値とCKDステージ分類
eGFRの基準値とCKD(慢性腎臓病)のステージ分類について、最新のガイドラインに基づいて詳しく解説します。
eGFR基準値
正常値の定義
健康成人のeGFR: 90 mL/min/1.73m² 以上
ただし、年齢による生理学的低下を考慮し、60 mL/min/1.73m² 以上であれば正常範囲とする場合もあります。
CKDステージ分類(KDIGO 2012)
ステージ | eGFR (mL/min/1.73m²) | 腎機能の状態 | 臨床的意義 |
---|---|---|---|
G1 | ≥90 | 正常または高値 | 他の腎障害所見が必要 |
G2 | 60-89 | 軽度低下 | 他の腎障害所見が必要 |
G3a | 45-59 | 軽度〜中等度低下 | CKD診断、専門医紹介検討 |
G3b | 30-44 | 中等度〜高度低下 | 専門医紹介、合併症管理 |
G4 | 15-29 | 高度低下 | 腎代替療法準備 |
G5 | <15 | 末期腎不全 | 腎代替療法必要 |
年齢を考慮したeGFR評価
高齢者での注意点
- 75歳以上では60未満でもCKDと診断しない場合がある
- 生理学的加齢変化との区別が重要
- 他の腎障害所見の有無を確認
- 経時的変化を重視
- 総合的な臨床判断が必要
若年者での注意点
- 90以上が期待される
- 60-89でも異常の可能性
- 基礎疾患の有無を確認
- 家族歴の聴取が重要
- 早期介入の意義が大きい
臨床での解釈と注意点
eGFR値の臨床的解釈には、数値だけでなく患者の背景や他の検査所見を総合的に評価することが重要です。
eGFR値の解釈における重要なポイント
考慮すべき因子
- 年齢:生理学的加齢変化
- 筋肉量:サルコペニア、運動習慣
- 体格:肥満、痩せ
- 食事:蛋白摂取量
- 薬剤:ACE阻害薬、利尿薬など
- 脱水:体液バランス
併用すべき検査
- 尿検査:蛋白尿、血尿
- 画像検査:腎エコー、CT
- シスタチンC:筋肉量の影響除外
- 尿素窒素:腎機能の補助指標
- 電解質:K、P、Ca
- 貧血検査:Hb、鉄代謝
eGFR低下の原因別アプローチ
原因分類 | 主な疾患 | 特徴的所見 | 対応 |
---|---|---|---|
糸球体疾患 | 糸球体腎炎、ネフローゼ症候群 | 蛋白尿、血尿 | 腎生検検討 |
尿細管間質疾患 | 間質性腎炎、多発性嚢胞腎 | 濃縮力低下、電解質異常 | 原因薬剤中止 |
血管性疾患 | 腎血管性高血圧、腎硬化症 | 高血圧、動脈硬化 | 血管評価 |
全身疾患 | 糖尿病、膠原病 | 基礎疾患の症状 | 原疾患治療 |
緊急対応が必要な場合
- 急激なeGFR低下:前値から25%以上の低下
- 高度腎機能低下:eGFR < 30 mL/min/1.73m²
- 電解質異常:高K血症、代謝性アシドーシス
- 体液過剰:浮腫、肺水腫
- 尿毒症症状:意識障害、心膜炎
実践的な計算例
様々な患者背景でのeGFR計算例を示し、臨床的解釈のポイントを解説します。
症例1:健康な成人男性
患者情報:
- 35歳、男性
- 血清Cr:0.9mg/dL
- 健康診断で測定
計算:
eGFR = 194 × 0.9-1.094 × 35-0.287
= 89.2 mL/min/1.73m²
症例2:糖尿病患者
患者情報:
- 62歳、女性
- 血清Cr:1.4mg/dL
- 2型糖尿病(10年間)
計算:
eGFR = 194 × 1.4-1.094 × 62-0.287 × 0.739
= 37.8 mL/min/1.73m²
症例3:高齢者
患者情報:
- 78歳、男性
- 血清Cr:1.2mg/dL
- 高血圧治療中
計算:
eGFR = 194 × 1.2-1.094 × 78-0.287
= 52.1 mL/min/1.73m²
症例4:進行性腎疾患
患者情報:
- 45歳、女性
- 血清Cr:3.2mg/dL
- 多発性嚢胞腎
計算:
eGFR = 194 × 3.2-1.094 × 45-0.287 × 0.739
= 18.7 mL/min/1.73m²
CCrとeGFRの使い分け
クレアチニンクリアランス(CCr)とeGFRは、どちらもクレアチニンを基にした腎機能指標ですが、用途や特性が異なります。適切な使い分けについて解説します。
項目 | eGFR | CCr (Cockcroft-Gault) |
---|---|---|
主な用途 | CKD診断・病期分類 | 薬物投与量設定 |
標準化 | 体表面積1.73m²で標準化 | 標準化なし(実体重使用) |
年齢補正 | 指数関数的補正 | 線形補正(140-年齢) |
体重の影響 | 間接的(年齢・性別補正) | 直接的(計算式に含む) |
国際基準 | KDIGO、JSN推奨 | 薬物動態研究の標準 |
使い分けの実践的指針
eGFRを使用する場面
- CKD診断:初回スクリーニング
- 病期分類:G1-G5の決定
- 進行評価:経時的変化の追跡
- 専門医紹介:紹介基準の判定
- 予後予測:心血管リスク評価
- 研究・疫学:集団での比較
CCrを使用する場面
- 薬物投与量設定:腎排泄型薬剤
- 添付文書準拠:投与量調節基準
- 体格考慮:肥満・痩せの患者
- 薬物動態:クリアランス予測
- 透析導入:残存腎機能評価
- 臨床試験:薬物動態試験
併用評価の重要性
理想的には、CKD診断にはeGFRを、薬物投与量設定にはCCrを使用し、両方を併用して総合的に腎機能を評価することが推奨されます。特に境界域の患者では、シスタチンCによる評価も加えることで、より正確な腎機能評価が可能になります。
よくある質問
eGFR < 60 mL/min/1.73m²が3ヶ月以上持続する場合にCKDと診断されます。ただし、以下の点に注意が必要です:
- 高齢者:75歳以上では生理学的加齢変化の可能性
- 急性変化:脱水や薬剤による一時的低下の除外
- 他の所見:蛋白尿や画像異常の有無を確認
- 経時的評価:複数回の測定による確認
総合的な臨床判断が重要です。
筋肉量が少ない患者(高齢者、長期臥床、筋疾患など)では、血清クレアチニンが低値となり、eGFRが過大評価される可能性があります。
対処法:
- シスタチンC測定:筋肉量に依存しない指標
- eGFRcys計算:シスタチンCによるeGFR
- 実測CCr:24時間蓄尿による正確な測定
- 臨床症状確認:浮腫、尿量減少などの評価
- 他の腎機能指標:尿素窒素、電解質の確認
複数の指標を組み合わせた総合評価が重要です。
eGFRの年間低下率は腎機能の進行評価において重要な指標です。
正常な加齢変化:
- 40歳未満:ほとんど変化なし
- 40歳以降:年間約1 mL/min/1.73m²の低下
- 個人差:健康状態により大きく異なる
病的な進行の目安:
- 年間5 mL/min/1.73m²以上の低下:rapid decliner
- 25%以上の急激な低下:急性腎障害の可能性
- 進行性低下:原因検索と治療介入が必要
定期的なモニタリングと適切な介入が重要です。
eGFRの改善は限定的ですが、進行を遅らせることは可能です。
生活習慣の改善:
- 血圧管理:130/80 mmHg未満を目標
- 血糖管理:HbA1c 7.0%未満(糖尿病患者)
- 蛋白制限:0.8-1.0 g/kg/日
- 塩分制限:6g/日未満
- 適度な運動:有酸素運動を中心に
- 禁煙:腎機能保護に重要
薬物療法:
- ACE阻害薬/ARB:腎保護効果
- SGLT2阻害薬:糖尿病性腎症に有効
- 腎毒性薬剤の回避:NSAIDs、造影剤など
早期からの包括的管理が重要です。
まとめ
eGFR計算式とクレアチニンの関係について、日本人のGFR推算式を中心に詳しく解説しました。重要なポイントをまとめます:
eGFRの特徴:
- CKD診断・病期分類の国際標準
- 体表面積で標準化された指標
- 年齢・性別による生理学的補正
- 日本人に最適化された推算式
臨床応用:
- 慢性腎臓病の早期発見
- 腎機能進行の評価
- 治療方針の決定
- 予後予測と管理
専門医からのアドバイス
eGFRは優れた腎機能指標ですが、患者の個別性を考慮した総合的な評価が重要です。特に筋肉量が平均から大きく外れる患者では、シスタチンCやCCrとの併用評価を検討し、臨床症状や他の検査所見も含めた包括的な判断を行ってください。
参考文献
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- 6. 日本腎臓病薬物療法学会. 腎機能低下時に最も注意が必要な薬剤投与量一覧 2024年版. 2024.
- 7. 厚生労働省. CKD(慢性腎臓病)対策について. 2024.
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