推算糸球体濾過量(eGFR)の基礎知識
腎機能評価において最も重要な指標の一つであるeGFRについて、基本から臨床応用まで詳しく解説します。正確な腎機能評価は、早期の腎疾患検出や適切な治療方針の決定に不可欠です。
eGFRとは
推算糸球体濾過量(eGFR: estimated Glomerular Filtration Rate)は、血清クレアチニン値から算出される腎機能の指標です。糸球体濾過量(GFR)は腎臓の基本的な機能を表し、1分間あたりに両腎の糸球体で濾過される血漿量を示します。
実際のGFR測定(inulinクリアランスなど)は複雑で侵襲的な検査が必要ですが、eGFRは簡便な血液検査のデータから算出できる利点があります。日本人のデータに基づいた推算式を使用することで、より正確な腎機能評価が可能になりました。
eGFR測定の歴史と発展
腎機能評価は長い歴史を持ち、初期にはCockcroft-Gault式が広く使用されていました。その後、1999年にMDRD式が開発され、2009年には日本腎臓学会が日本人に適したGFR推算式を発表しました。2021年には推算式の更なる改良が行われ、より精度の高い評価が可能になっています。
日本人のGFR推算式
男性:eGFR = 194 × Cr-1.094 × 年齢-0.287
女性:eGFR = 194 × Cr-1.094 × 年齢-0.287 × 0.739
単位:mL/min/1.73m2eGFRの生理学的背景
eGFRの計算に用いられる血清クレアチニンは、筋肉のエネルギー代謝産物であり、主に糸球体濾過によって排泄されます。健康な腎臓では、血清クレアチニン値は安定していますが、腎機能が低下すると血中に蓄積し、値が上昇します。
クレアチニンは以下の特性を持つため、腎機能の指標として適しています:
- 内因性物質であり、特別な投与が不要
- 糸球体で自由に濾過される
- 尿細管での再吸収・分泌が比較的少ない
- 日常的な血液検査で容易に測定可能
eGFRの特徴と臨床的意義
メリット
- 体格による補正が不要(体表面積1.73m2あたりで表示)
- 日本人のデータに基づいた精度の高い推算式
- 血清クレアチニン値のみで算出可能
- CKD診断基準に直接利用できる
- 国際的に標準化された腎機能評価法
注意点と限界
- 筋肉量が極端に少ない場合は実際より高く算出される(高齢者、筋萎縮患者など)
- 筋肉量が多い場合は実際より低く算出される(アスリートなど)
- 急性腎障害の評価には適さない(血清クレアチニンの上昇に時間差があるため)
- 18歳未満には専用の小児用推算式を使用する必要がある
- 極度の肥満や低体重の患者では補正が必要な場合がある
- 食事(特に肉類)や運動によって血清クレアチニン値が変動する可能性がある
eGFRとシスタチンCの比較
シスタチンCを用いたeGFR推算は、筋肉量の影響を受けにくいという利点がありますが、以下のような違いがあります:
特性 | クレアチニン基eGFR | シスタチンC基eGFR |
---|---|---|
筋肉量の影響 | 大きい | 小さい |
測定の普及度 | 高い(一般的) | 低い(特殊検査) |
コスト | 低い | 高い |
測定標準化 | 確立済み | 進行中 |
CKD診断におけるeGFR
eGFRはCKD(慢性腎臓病)の診断と重症度分類に重要な役割を果たします。2012年に改訂されたKDIGOガイドラインに基づき、現在のCKD診断基準は以下の2つの条件のいずれか(または両方)を満たす場合とされています:
- 尿異常・画像診断・血液検査・病理所見などで腎障害の存在が明らか
- GFR<60 mL/min/1.73m2の状態が3ヶ月以上持続
特に注目すべきは、eGFRが60未満の場合、たとえ他の腎障害の所見がなくても、それだけでCKDと診断されるという点です。これは腎機能低下が様々な健康リスクと関連することが疫学研究で証明されているためです。
CKDの重症度分類(GFR区分)
GFR区分 | eGFR値 (mL/min/1.73m2) |
重症度 | 臨床的特徴 |
---|---|---|---|
G1 | ≧90 | 正常または高値 | 腎障害が存在する場合のみCKDと診断 |
G2 | 60-89 | 軽度低下 | 軽度低下だが、腎障害がなければCKDとは診断されない |
G3a | 45-59 | 軽度~中等度低下 | 腎障害の有無にかかわらずCKDと診断、合併症リスク上昇 |
G3b | 30-44 | 中等度~高度低下 | 心血管疾患リスク増加、貧血・骨ミネラル代謝異常の出現 |
G4 | 15-29 | 高度低下 | 腎代替療法の準備が必要、薬剤投与量調整が重要 |
G5 | <15 | 末期腎不全 | 腎代替療法が必要となる段階、尿毒症症状出現 |
CKDの予後予測因子としてのeGFR
eGFRは単なる診断基準ではなく、予後予測においても重要な指標です。eGFRの低下は以下のリスク増加と関連しています:
- 腎不全への進行
- 心血管疾患の発症
- 全死亡リスクの上昇
- 入院リスクの増加
- 認知機能低下
特に、eGFRとアルブミン尿(蛋白尿)を組み合わせたヒートマップによるリスク評価は、より精緻な予後予測を可能にします。この包括的な評価は、2018年のCKD診療ガイドでも推奨されています。
臨床応用と実践的活用法
eGFRの活用場面
- CKDの診断・重症度評価
- 腎機能低下の早期発見
- 薬剤投与量の調整
- 造影剤使用時のリスク評価
- 手術リスクの評価
- 腎臓専門医への紹介時期の判断
eGFRに基づく薬剤投与量調整
多くの薬剤は腎臓で排泄されるため、腎機能低下時には適切な投与量調整が必要です。特に以下の薬剤群は注意が必要です:
- 抗菌薬(特にアミノグリコシド系、一部のセフェム系など)
- 抗ウイルス薬
- 利尿薬
- 糖尿病治療薬(特にメトホルミン、SGLT2阻害薬など)
- 降圧薬(特にRAS阻害薬)
- NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)
- 抗凝固薬・抗血小板薬
eGFRの経時変化の重要性
単回のeGFR測定よりも、経時的な変化のパターンが臨床的に重要な意味を持ちます:
eGFR低下速度 | 臨床的解釈 | 対応 |
---|---|---|
年間1 mL/min/1.73m2未満 | 生理的な加齢変化の範囲内 | 定期的観察 |
年間1-5 mL/min/1.73m2 | 軽度~中等度進行 | 基礎疾患の管理強化 |
年間5 mL/min/1.73m2以上 | 急速進行性 | 腎臓専門医への紹介 |
造影剤腎症のリスク評価
造影CT検査や血管造影など、ヨード造影剤使用時のリスク評価にeGFRは重要です:
- eGFR 60以上:リスク低い
- eGFR 45-59:軽度リスク上昇
- eGFR 30-44:中等度リスク
- eGFR 30未満:高リスク(可能なら代替検査を検討)
造影検査が必要な場合、以下の予防対策が推奨されます:
- 十分な水分補給(生理食塩水の点滴など)
- 腎毒性のある薬剤の一時的中止
- 造影剤量の最小化
- 短期間に複数回の造影検査を避ける
eGFR評価の最新知見と今後の展望
eGFRの臨床的有用性は確立していますが、さらなる改良と新しいアプローチが研究されています:
現在のeGFR推算式の限界
- 特定の患者集団(高齢者、筋肉量減少者、肥満者など)での精度低下
- 腎機能の急速な変化を反映するタイムラグ
- 個人の体表面積の違いによる影響
新たな腎機能評価アプローチ
- 複合バイオマーカー(クレアチニンとシスタチンCを併用する推算式)
- 新規バイオマーカー(NGAL、KIM-1など)
- イメージング技術の進歩(MRI based GFR測定など)
- AI技術を用いた腎機能予測モデル
腎機能評価は今後も進化し続けると予想されますが、現在のeGFR推算式も適切に使用することで、多くの患者の腎機能を適切に評価し、早期介入によるCKD進行抑制や合併症予防に貢献することができます。
監修情報

医学博士 田中 文彦
腎臓内科専門医・指導医
2005年医学部卒業。国内外の大学病院で腎臓内科医として臨床経験を積み、現在は腎機能評価と慢性腎臓病の早期発見・治療に関する研究に従事。日本腎臓学会評議員。
コンテンツ情報
最終更新日: 2024年4月15日
監修: 日本腎臓学会認定専門医
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重要な注意事項
- 本情報は医療従事者向けの参考情報です
- 実際の診断・治療には、医師の総合的な判断が必要です
- 個々の患者の状態によって適切な評価方法は異なります
- 本サイトの情報は診療行為の代替にはなりません
参考文献
- ・日本腎臓学会編:CKD診療ガイド2018, 東京医学社
- ・Matsuo S, et al. Revised equations for estimated GFR from serum creatinine in Japan. Am J Kidney Dis. 2009;53(6):982-992.
- ・KDIGO 2012 Clinical Practice Guideline for the Evaluation and Management of Chronic Kidney Disease. Kidney Int Suppl. 2013;3(1):1-150.
- ・Horio M, et al. GFR estimation using standardized serum cystatin C in Japan. Am J Kidney Dis. 2013;61(2):197-203.
- ・日本腎臓学会編:エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023, 東京医学社
eGFRに関するよくある質問
eGFRとCCr(クレアチニンクリアランス)は共に腎機能を評価する指標ですが、いくつかの重要な違いがあります:
- 測定方法:eGFRは血清クレアチニン値から推算する方法、CCrは24時間蓄尿検査が基本です
- 標準化:eGFRは体表面積1.73m²あたりに標準化されていますが、CCrは実測値を使用します
- 尿細管分泌の影響:CCrはクレアチニンの尿細管分泌のため実際のGFRより10-20%高く評価される傾向があります
- 使用シーン:eGFRはCKD診断、CCrは主に薬剤投与量調整に用いられることが多いです
eGFRの低下は腎機能障害を示し、以下のような様々な健康上の問題に関連します:
- 体内の老廃物や過剰な水分の排泄が不十分になる
- 電解質バランスの乱れ(特にナトリウム、カリウム、リン)
- 酸塩基平衡の異常(代謝性アシドーシス)
- 高血圧リスクの増加
- 貧血や骨ミネラル代謝異常
- 心血管疾患リスクの上昇
- 薬物の排泄遅延による副作用リスク増加
これらの理由から、eGFRの低下は早期発見し、適切な管理が必要です。
一度低下した腎機能(eGFR)を大幅に改善することは困難ですが、以下の生活習慣でeGFRのさらなる低下を防止できる可能性があります:
- 血圧管理:目標血圧を維持(一般的にCKD患者では130/80mmHg未満)
- 血糖コントロール:糖尿病がある場合、適切な血糖管理
- 減塩:塩分摂取を1日6g未満に制限
- 適度な運動:週150分の有酸素運動
- 禁煙:喫煙は腎機能低下速度を加速
- 適正体重の維持:肥満の解消
- 腎毒性物質の回避:NSAIDs等の長期使用を避ける
- 十分な水分摂取:脱水を防ぐ(ただし過剰摂取は避ける)
これらの対策は医師の指導のもとで行い、定期的なeGFR検査で経過観察することが重要です。